6.シナプス回路発達の形態生物学

6.シナプス回路発達の形態生物学

 前半の5回のコラムでは、私が歩んできたシナプス分子を中心とした「分子解剖学」研究について紹介してきた。後半のコラムでは、シナプス回路発達の「形態生物学」研究について紹介したい。なお、形態生物学という造語の発想のきっかけと込めた思いについては、初回の「1.シナプス分子抗体作成に至る道のり」で述べたとおりである。

小脳プルキンエ細胞のシナプス回路の特徴

 まず初めに、形態生物学の主な解析対象としてきた小脳プルキンエ細胞とそのシナプス回路の特徴について説明する。
 プルキンエ細胞は小脳情報処理系における中心的なニューロンで、精緻な運動や、練習や訓練による運動の上達や学習を可能にする。この高次神経機能の実現のため、プルキンエ細胞の樹状突起の近位部は、一本の登上線維(図1右のCF)による ‘司令官的’な強い支配を受け、これが運動のプランと実行した結果の間のズレを誤差信号としてプルキンエ細胞に伝える。一方、樹状突起の遠位部はマウスでは十万本、ラットでは十数万本、ヒトではおそらく数十万本にも及ぶ平行線維(図1右のPF)による‘群衆的’な支配を受けている。平行線維は、大脳皮質からの運動情報と運動実行により生じた末梢(筋や腱)からの感覚情報をプルキンエ細胞に届ける。

図1 小脳プルキンエ細胞と二種類の興奮性シナプス回路
左はカルビンジン抗体を用いたプルキンエ細胞の細胞体と樹状突起の共焦点レーザー顕微鏡像。右は、プルキンエ細胞を支配する平行線維(PF)と登上線維(CF)。筆者作成図。
図1 小脳プルキンエ細胞と二種類の興奮性シナプス回路

 このシナプス回路の特徴を端的に表現すれば、①遠近方向に分離した支配テリトリー、②登上線維の単一支配、ということになる。登上線維支配は、出生時の複数の登上線維による多重支配に始まり、その後の活動依存的なシナプス刈り込み*1を経て、一本の優勢な登上線維による単一支配が確立する(図1)。単一線維による支配とはいえ、樹状突起に巻き付きながら数百個のシナプスを形成するため、単発の活動でもシナプスの同時多発的発火を招き、その結果生じる巨大な脱分極はプルキンエ細胞に複雑スパイクという活動電位を発生させる。一方、個々の平行線維シナプスの活動が及ぼす脱分極作用は軽微であり、数十個の平行線維シナプスの活動が加重して初めて、単純スパイクという活動電位を発生させる。しかも、登上線維と同期して活動した平行線維シナプスには長期抑圧というシナプス可塑性が誘導され、さらに伝達効率が長期に渡って低下させられ、プルキンエ細胞に対するその平行線維シナプスの影響力が弱められる。登上線維と平行線維の活動同期性に基づく長期抑圧は、運動プランと実行結果の間のズレを最小化させる小脳運動学習の基盤と考えられている。
 結局、この2つの回路特性がどのような発達過程と分子機構によって形作られるのかを、三十余年をかけて形態生物学的に追求してしてのだと今になって気付いた。

どうしてプルキンエ細胞なのか?

 どうして研究対象がプルキンエ細胞になったのか?いくつかの要因を並べてみる。
 まず、筑波大学大学院において膵臓の研究で博士(医学)の学位取得後、二人目のボスである近藤尚武先生の下で助手として始めた最初の研究が、ラット生後発達期小脳における神経特異的エノラーゼ*2の発現解析であった(Watanabe et al., 1990)。そこで、勢いよく樹状突起を伸ばし分岐するプルキンエ細胞を観察し、心の底から美しい、すごいと感じた。その後、共焦点レーザー顕微鏡が登場してまもなく取得したプルキンエ細胞の蛍光画像(図1の左)が、研究者人生の中で最も“映える”顕微鏡写真になった。要するに、プルキンエ細胞に“一目惚れ”してしまったのである。
 研究の技術的環境も自然とプルキンエ細胞のシナプス回路に導いてくれた。学部学生から大学院にかけて最も時間をかけた解析技法は、最初のボスである内山安男先生の下での電子顕微鏡写真撮影とその定量形態解析*3であった。現在でも、プルキンエ細胞の平行線維シナプスの形態学的評価法において、電子顕微鏡が最も精度と解像度が高い解析方法である。1992年に北海道大学に赴任して3人目のボスとなった井上芳郎先生は、神経研究には電子顕微鏡と神経トレーサー*4と電気生理(これをエレキと呼んでいた)が必要だという信念の持ち主であった。特に、神経トレーサーを普段に使う研究環境や同僚に市川量一先生がいたことが、登上線維支配の形態学的解析に大きく貢献した。さらに、井上先生はリーラーマウス、ウィーバーマウス、スタゲラーマウスなどの自然発症の小脳奇形マウス*5を多種類飼育し研究に用いていたことから、遺伝子改変マウスが登場する前から、小脳シナプスの形態学的解析を始めていた。
 このような準備状況が整いつつある段階で、生命科学研究にパラダイムシフトが起きた。つまり、遺伝子ノックアウトマウスを用いた研究の時代が到来したのである。そこで、プルキンエ細胞シナプス回路発達研究へと進む直接的な引き金となったのが、1990年新潟大学脳研究所に赴任しグルタミン酸受容体研究を立ち上げた三品昌美先生との共同研究の始まりであり、そこで開発され1995年に報告されたGluD2(GluRδ2)欠損マウスとの出会いであった(Kashiwabuchi et al., Cell, 1995)。このマウスに自身の将来を掛けるつもりで、それまでの思いと経験を全力で投入した(Kurihara et al., 1997; Ichikawa et al., 2002)

グルタミン酸は興奮性シナプス回路発達のキーワード

 げっ歯類の大脳皮質の体性感覚野には、バレル*6と呼ばれる顔面の触覚毛に対応するシナプス回路構築があり、活動依存的な回路発達を調べるよいモデルとして世界中で解析されている(図2)。バレルも活動依存的なシナプスの刈り込み過程を経て形成される。しかも、臨界期(敏感期)*7とよばれる生後早期に入力線維の活動性に違いがあると、優勢なバレル皮質は拡大し、近傍の劣勢なバレル皮質は縮小する“臨界期可塑性”と呼ばれる興味深い現象も観察できる。

図2 げっ歯類の洞毛と体性感覚野のバレル
げっ歯類の上顎部には長い洞毛whisker、上唇・下唇には短い洞毛が、鋭敏な触覚毛として機能している。その1本1本の配列に対応して番地付けもできる。大脳皮質の体性感覚野には、バレルbarrelと呼ばれる特定の洞毛の体性感覚を処理するシナプスが集合体を形成している。同様の配列パターンは視床VPM核と三叉神経核にも観察され、それぞれバレロイドbarreloid バレレットbarreletteと呼ばれる。筆者作成図。
図2 げっ歯類の洞毛と体性感覚野のバレル

 GluD2欠損マウス解析と同時進行していた三品先生との共同研究に、NMDA型グルタミン酸受容体GluN2B(GluRε2)欠損マウスにおけるバレルの形成障害があった(Kutsuwada et al., 1996)。この研究がきっかけとなって、小脳と並行しつつ大脳皮質のシナプス回路発達研究にも参画することになった(Takasaki et al., 2008; Yamasaki et al., 2014)。
 ここで重要なことは、平行線維シナプスも登上線維シナプスも、バレルを構築するシナプスも、グルタミン酸を伝達物質とする興奮性シナプスである。つまり、シナプス前部からグルタミン酸が放出され、シナプス後部のグルタミン酸受容体が活性化される。その結果、イオンチャネル型グルタミン酸受容体を活性化し、陽イオンが流入して興奮性シナプス後部電位を発生させる。プルキンエ細胞に豊富に発現する代謝型グルタミン酸受容体mGluR1や大脳皮質に豊富なmGluR5を活性化すれば、細胞内Ca2+ストアからCa2+放出が起こる。つまり、異種シナプス間や同種シナプス間の発達競合が活動依存的であるならば、シナプス活動に伴って発生する膜電位変化や生化学的変化がその選別機構になりうることは予見可能である。しかし、実際に遺伝子欠損マウスの回路表現型を見るまでは半信半疑であった。

小脳と大脳におけるシナプス回路発達の相似性

 現在までに、下表にまとめるような、小脳と大脳におけるシナプス回路発達の相似性が明確になっている。
 活動依存的なシナプス刈り込みによる優勢なシナプスの強化と劣勢なシナプスの除去には、NMDA型グルタミン酸受容体やP/Q型カルシウムチャネルの活性化によるCa2+流入(Li et al., 1994; Kutsuwada et al., 1996; Iwasato et al., 2000; Miyazaki et al.,2004, 2012; Yamasaki et al., 2014)や、グループI代謝型グルタミン酸受容体(mGluR1/mGluR5)の活性化によるCa2+流入(Kano et al., 1997; Ichise et al., 2000;Hannan et al., 2001)が鍵を握っている。シナプス間隙に放出されたグルタミン酸を速やかに除去する輸送体には、大脳皮質のアストロサイトに優勢なGLT1と小脳皮質のバーグマングリアに優勢なGLASTがあり、いずれも細胞外グルタミン酸濃度を低く保つことにより活動依存的なシナプス刈込みの環境基盤を整備している(Takasaki et al., 2008; Miyazaki et al., 2017)。換言すれば、これらの輸送体の発現や機能を阻害すると、Ca2+依存的なシナプス回路の刈り込みや臨界期可塑性は起こらなくなる。
 一方、シナプス回路発達の原理が活動依存的な刈り込みだけでは、プルキンエ細胞における平行線維シナプスのような活動性が低く設定されているシナプスは、その成長過程においてすべて駆逐されてしまえば元も子もない。そうならないよう、特定の入力線維とのシナプス接着を強化する分子機構として、プルキンエ細胞には入力選択的なシナプス接着分子GluD2が付与された(Kurihara et al., 1997; Yamasaki et al., 2011; Ichikawa et al., 2016) 。現在、大脳皮質バレルに豊富に発現するGluD1が、同様の機能を果たしているのではないかと考え、研究を進めている段階である。
 次回以降は、GluD2, mGluR1, P/Q型カルシウムチャネル、GLASTの順番に、小脳プルキンエ細胞シナプス回路発達に関する私達の研究成果を紹介したい。

◆大脳と小脳に共通するシナプス回路発達の相似性◆

大脳と小脳に共通するシナプス回路発達の相似性

文献

  • Watanabe M, Sakimura K, Takahashi Y, Kondo H. Ontogenic changes in expression of neuron-specific enolase (NSE) and its mRNA in the Purkinje cells of the rat cerebellum: immunohistochemical and in situ hybridization study. Dev. Brain Res. 53:89-96, 1990.
  • Kashiwabuchi N, Ikeda K, Araki K, Hirano T, Shibuki K, Takayama C, Inoue Y, Kutsuwada T, Yagi T, Kang Y, Aizawa S, Mishina M. Impairment of motor coordination Purkinje cell synapse formation and cerebellar long-term depression in GluRδ2 mutant mice. Cell 81:245–252, 1995.
  • Ichikawa R, Miyazaki T, Kano M, Hashikawa T, Tatsumi H, Sakimura K, Mishina M, Inoue Y, Watanabe M. Distal extension of climbing fiber territory and multiple innervation caused by aberrant wiring to adjacent spiny branchlets in cerebellar Purkinje cells lacking glutamate receptor d2. J Neurosci 22:8487-8503, 2002.
  • Kutsuwada T, Sakimura K, Manabe T, Takayama C, Katakura N, Kushiya E, Natsume R, Watanabe M, Inoue Y, Yagi T, Aizawa S, Arakawa M, Takahashi T, Nakamura Y, Mori H, Mishina M. Impairment of suckling response, trigeminal neuronal pattern formation, and hippocampal LTD in NMDA receptor e2 subunit mutant mice. Neuron 16:333-344, 1996.
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  • Yamasaki M, Okada R, Takasaki C, Toki S, Fukaya M, Natsume R, Sakimura K, Mishina M, Shirakawa T, Watanabe M. Opposing role of NMDA receptor GluN2B and GluN2D in somatosensory development and maturation. J Neurosci 34:11534-11548, 2014.
  • Li Y, Erzurumlu RS, Chen C, Jhaveri S, Tonegawa S. Whisker-related neuronal patterns fail to develop in the trigeminal brainstem nuclei of NMDAR1 knockout mice. Cell 76:427-437, 1994.
  • Iwasato T, Datwani A, Wolf AM, Nishiyama H, Taguchi Y, Tonegawa S, Knöpfel T, Erzurumlu RS, Itohara S. Cortex-restricted disruption of NMDAR1 impairs neuronal patterns in the barrel cortex. Nature 406:726-731, 2000
  • Miyazaki T, Hashimoto K, Shin H-S, Kano M, Watanabe M: P/Q-type Ca2+ channel α1A regulates synaptic competition on developing cerebellar Purkinje cells. J Neurosci 24:1734-1743, 2004.
  • Miyazaki T, Yamasaki M, Hashimoto K, Yamazaki M, Abe M, Usui H, Kano M, Sakimura K, Watanabe M: Cav2.1 in cerebellar Purkinje cells regulates competitive excitatory synaptic wiring, cell survival, and biochemical cerebellar compartment. J Neurosci 32:1311-1328,2012.
  • Kano M, Hashimoto K, Kurihara H, Watanabe M, Inoue Y, Aiba A, Tonegawa S. Persistent multiple climbing fiber innervation of cerebellar Purkinje cells in mice lacking mGluR1. Neuron 18:71-79, 1997.
  • Ichise T, Kano M, Hashimoto K, Yanagihara S, Nakao K, Shigemoto R, Katsuki M,  Aiba A. mGluR1 in cerebellar Purkinje cells essential for long-term depression, synapse elimination, and motor coordination. Science 288:1832-1835, 2000.
  • Hannan AJ, Blakemore C, Katsnelson A, Vitalis T, Huber KM, Bear M, Roder J, Kim D, Shin HS, Kind PC. PLC-b1, activated via mGluRs, mediates activity-dependent differentiation in cerebral cortex. Nat Neurosci 4:282-288m 2001.
  • Miyazaki T, Yamasaki M, Hashimoto K, Kohda K, Yuzaki M, Shimamoto K, Tanaka K, Kano M, Watanabe M; Glutamate transporter GLAST controls synaptic wrapping by Bergmann glia and ensures proper wiring of Purkinje cells. Proc Natl Acad Sci USA 114:7438-7443, 2017.
  • Kurihara H, Hashimoto K, Kano M, Takayama C, Sakimura K, Mishina M, Inoue Y, Watanabe M: Impaired parallel fiber-Purkinje cell synapse stabilization during cerebellar development of mutant mice lacking the glutamate receptor δ2 subunit (GluRδ2). J Neurosci 17:9613-9623, 1997.
  • Yamasaki M, Miyazaki T, Azechi H, Abe M, Natsume R, Hagiwara T, Aiba A, Mishina M, Sakimura K, Watanabe M: Glutamate receptor GluRδ2 is essential for input pathway-dependent regulation of synaptic AMPAR contents in cerebellar Purkinje cells. J Neurosci 31:3362-3374, 2011.
  • Ichikawa R, Hashimoto K, Miyazaki T, Uchigashima M, Yamasaki M, Aiba A, Kano M, Watanabe M: Territories of heterologous inputs onto Purkinje cell dendrites are segregated by mGluR1-dependent parallel fiber synapse elimination. Proc Natl Acad Sci USA 113:2282-2287, 2016.

用語解説

1 シナプス刈り込み synapse elimination
 生後間もない動物の脳には過剰な神経結合(シナプス)が存在するが、生後の発達過程において、必要な結合だけが強められ、不要な結合は除去されて、成熟した機能的な神経回路が完成する。 この過程を「シナプス刈り込み」と呼び、生後発達期の神経回路に見られる普遍的な現象であると考えられている。
2 神経特異的エノラーゼ neuron-specific enolase
 解糖系酵素の一種で、ホスホピルビン酸ヒドラターゼとも呼ばれる。数種のアイソザイムが存在し、このうち神経特異的エノラーゼは主にニューロンに発現する。
3 定量形態解析 quantitative morphometry
 特定の細胞や細胞小器官を光学顕微鏡や電子顕微鏡の形態画像から測定し、定量的に推定する解析法。
4 神経トレーサー neuronal tracer
 トレーサー物質やそれをコードする遺伝子をコードするベクターの局所投与により、ニューロンの投射を可視化し解析する研究法。細胞体や樹状突起から取り込まれて軸索終末に運ばれる順行性トレーサーと、神経終末から取り込まれ細胞体に運ばれる逆行性トレーサーがある。
5 小脳奇形マウス cerebellar mutant mouse
 小脳性運動失調を特徴とする自然発症性の遺伝子変異マウス。その組織細胞学的構築異常やシナプス回路異常は小脳だけでなく脳に広く生じるが、特有の小脳性運動失調や眼球運動異常の出現から系統を維持することができた。1990年代、原因となった遺伝子変異が次々と明らかにされた。
6 バレル barrel
 バレルが観察されるのは齧歯類の大脳皮質一次体性感覚野であり、顔面に生える触覚毛(洞毛whisker)からの入力を処理するシナプスの集合形態である。バレルの形成には触覚毛への刺激や、それを伝えるグルタミン酸受容体の活性化が必要であり、活動依存的なシナプス刈り込みのモデル解析系として利用される。バレルとは樽のことであり、その配列パターンがウイスキーやワインを貯蔵する樽が並んだように見えることからそのように命名された。最初に見つかったのは大脳皮質のバレルで、その後体性感覚路の中継地である視床VPM核と脳幹三叉神経核にも見つかった。
7 臨界期 critical period(敏感期 sensitive period)
 臨界期とは、神経回路網の可塑性が一過的に高まる生後の限られた時期である。特に、視覚や聴覚などの感覚機能や、母国語の習得に関わる神経回路は、臨界期における刺激や経験によって効率的に発達する。