7.GluD2と平行線維シナプス形成


分子生物学の怒涛の展開は、1989年に最初のイオンチャネル型グルタミン酸受容体の同定に辿り着いた(Heinemann et al., 1989)。これを契機として、米国のHeinemann研、ドイツのSeeburg研、京都大学の中西重忠研、新潟大学の三品昌美研を中心とするクローニング競争が幕を開け、瞬く間に18種に及ぶ遺伝子ファミリーが同定された。その構造的相同性および機能特性から、4種がAMPA型グルタミン酸受容体、5種がカイニン酸型グルタミン酸受容体、7種がNMDA型グルタミン酸受容体の構成サブユニットであることが明らかとなった。残るGluRδ1とGluRδ2は、グルタミン酸との結合能もイオンチャネル活性もなく、機能的役割が不明なオーファン受容体*1として位置づけられた。今回のコラムで紹介するGluRδ2(統一的な命名法*2に従い、以後GluD2と表記)は、日本では三品研がドイツではSeeburg研がクローニングした (Araki et al., 1993; Lomeli et al., 1993)。
オーファン受容体であるにも関わらず、GluD2が研究者の強い関心を引いたのは、その特異な発現特性である。それは、GluD2は脳内では小脳プルキンエ細胞に極めて豊富に発現する細胞選択性と(Araki et al., 1993; Lomeli et al., 1993)、プルキンエ細胞が形成する2種類の興奮性シナプスのうちGluD2は平行線維シナプスにのみ局在し登上線維シナプスには存在しないとう入力選択性(Takayama et al., 1995; Landsend et al., 1997)である(図1)。
前回のコラムにおいて、登上線維と同期して活動した平行線維シナプスには長期抑圧が誘導され、プルキンエ細胞に対するその‘誤った’平行線維シナプスの影響力が弱められ、これが運動プランと実行結果の間のズレを最小化させる小脳運動学習の基盤である、と紹介した。この小脳の長期抑圧は、東京大学医学部神経生理学の伊藤正男教授が理論と実験の両面から証明したシナプス可塑性であり(Ito, 2001)、このGluD2こそがその分子的実態では・・・と、小脳やシナプス回路の研究者の強い興味を引いたのである。
当時、分子生物学に加え、生命科学にパラダイムシフトをもたらし始めていたもう一つの研究技法が、相同組換え*3を基盤とした遺伝子欠損マウスの作成である。三品教授らのグループはGluD2のクローニングを終えると、直ちにGluD2欠損マウスの作成に取り掛かり、その興味深い表現型をCell誌に報告した(Kashiwabuchi et al., 1995)。GluD2欠損マウスは、重篤な小脳性運動失調症状*4を呈し、回転棒に乗せるとすぐに落下し、協調運動や運動学習に障害があった。シナプス回路を調べた結果、平行線維シナプス数が減少し、このシナプスに発現すべき長期抑圧も消失していた。また、登上線維による支配も、幼若型である多重支配のまま残存していた。これらの表現型から、GluD2という単一の遺伝子が、シナプスの形成・成熟からシナプス可塑性・高次脳機能までを制御する鍵分子であることが証明されたのである。
私は、GluD2の局在が平行線維シナプスに特異的であることから、この分子の機能本質が平行線維シナプスにあると考え、それを証明するための形態生物学的解析を開始した。小脳皮質各層の面積、プルキンエ細胞や顆粒細胞の個数、スパインの密度や大きさ、シナプス結合の有無など、光顕および電顕レベルで定量形態学的解析を行った(Kurihara et al., 1997)。
重篤な小脳失調の割には、GluD2欠損マウスでは小脳のサイズが若干小さくなる程度で、小脳の組織像は正常で、樹状突起の枝ぶりやスパイン形成などプルキンエ細胞の形態分化もおおむね正常であった。ところが、電子顕微鏡で観察すると、シナプス結合を示さないスパインが多数出現していることが一目でわかった(図2の矢頭)。そこで連続電顕観察法を用いて、シナプス結合の有無を1つ1つのスパインについて調べてみた。すると、平行線維とシナプス結合を形成するスパインの割合(結合率)は63%で、残る37%はシナプス結合を持たないフリースパインであった。これに対し、野生型マウスの結合率は100%であった。このフリースパインの出現が主な原因となって、プルキンエ細胞1個当たりの平行線維シナプス数は野生型マウスの約半分にまで減少していることもわかった。この結合率は、小脳が未熟な生後第1週では欠損マウス・野生型マウスとも約70%と低く、どちらにもフリースパインが同じレベルで存在することがわかった。シナプス形成がスピードアップする生後第2週になると、野生型ではGluD2のシナプス局在が顕在化し結合率もほぼ100%に達したのに対して、GluD2欠損マウスではむしろ低下することが明らかになった。
GluD2欠損マウスの平行線維シナプスに現れるもう一つの形態学的表現型は、シナプス接着部位の目印となるプレシナプスのアクティブゾーン*5よりも、ポストシナプスのシナプス後膜肥厚*6の方が広いというプレ・ポスト接着のミスマッチである。これらの観察結果に基づき、GluD2は平行線維とプルキンエ細胞の間のシナプス結合性を強化し、プレ・ポストの正確な向かい合わせ(アライメント)を媒介する分子であると結論した。この機能により、生後第2週を中心に作り出される莫大な数の平行線維とスパインを安定的にシナプス結合へと導き、小脳情報処理に十分な数の平行線維シナプスを生み出していると考えられる。
さらに、誘導型GluD2欠損マウスを用いて、正常なシナプスが完成した成体期にこの分子の欠損を誘導したところ、シナプスのGluD2発現減少の時間的推移と一致して、樹状突起の遠位部にフリースパインとミスマッチが生じることから、成体期における平行線維シナプスの維持にも関わっていることがわかった(Takeuchi et al., 2005)。
このようなGluD2欠損マウスと相同な表現型は、平行線維を送り出す小脳顆粒細胞が産生し分泌する補体*7系分子Cbln1の遺伝子欠失マウスにも生じていることがわかった(Hirai et al., 2005)。この発見がキッカケとなり、2010年、プルキンエ細胞のスパイン上のGluD2と平行線維終末上のニューレキシンが、Cbln1との選択的な分子結合を介して平行線維シナプスの接着を媒介していることが解明された(Uemura et al., 2010: Matsuda et al., 2010)。
GluD2欠損マウスでは、GluD2を発現しない登上線維側にも多重支配残存という形で表現型が起こる。一体、どこでどのような多重支配が起きているのかを知りたくて、これを次の回路研究のターゲットに決めた。
登上線維支配の古典的解析法として、登上線維の電気刺激によるプルキンエ細胞の電気生理学的応答を調べる機能的方法と、下オリーブ核への順行性トレーサー注入(神経標識法)による形態学的方法の2つがある。2000年、シナプス小胞にグルタミン酸を充填する小胞性グルタミン酸トランスポーターが同定され、そのうちVGluT2が登上線維終末、VGluT1が平行線維終末のマーカーとして利用できるようになり、VGluT2免疫組織化学が第3の登上線維解析法となった。この目標達成のブレークスルーとなったのが、トレーサー標識された単一の登上線維をプルキンエ細胞の細胞体から樹状突起先端部まで、千枚以上の超薄切片の連続電顕観察を行ったこと、その観察結果を光学顕微鏡レベルのVGluT2染色で確認したことである(Ichikawa et al., 2002)。
野生型では、登上線維は近位樹状突起のみを支配するため、登上線維終末は小脳分子層の約80%に分布し、遠位樹状突起からなる表層の20%の分子層には登上線維支配は及ばない。ところが、GluD2欠損マウスでは、本来平行線維が支配する遠位樹状突起にフリースパインが出現し、このフリースパインを異所性支配する形で登上線維支配が遠位に拡大していた。さらに、この異所性支配が周囲のプルキンエ細胞にも拡大することにより、複数の登上線維による多重支配が生じていた(Ichikawa et al., 2002;図3)。この形態学的解析結果は、当時金沢大学にラボを構える狩野方伸教授らのグループが行ったカルシウムイメージングによる解析結果とも一致した(Hashimoto et al.,2001)。
この事例は、どのようにして登上線維の多重支配が起こるのかを電子顕微鏡レベルで実証した世界で最初の例となった。十分な数の平行線維シナプス形成を保障するGluD2は、同時に登上線維支配の過度な遠位化を抑止している。要するに、平行線維と登上線維はプルキンエ細胞の樹状突起支配をめぐって競合しており、GluD2は平行線維側のシナプス強化分子として機能している。そうであるならば、登上線維側にもその支配を強化し平行線維支配の過度な近位化を抑止している分子機構があるはずであり、それに気づいたことで9回目のコラムの研究テーマにつながった。
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