10.グルタミン酸トランスポーターと活動依存的シナプス刈込みの最適化


これまで取り上げてきたGluD2、mGluR1、P/Q型カルシウムチャネルによる回路発達制御機構を入力経路に沿って整理すると、シナプス刈込みが平行線維側と登上線維側の2つ経路から成り立っていることがわかる(図1)。ここでのシナプス刈込みとは、1本の「勝者」登上線維の支配を強化し、これが支配する領域から相対的に劣勢な入力(余剰な登上線維と近位樹状突起を支配する平行線維)を除去する機構を指す。
平行線維の経路は2ステップからなる。まず、平行線維終末とプルキンエ細胞スパインの間のシナプス間隙にGluD2/Cbln1/Neurexinからなる接着分子の分子架橋が構築され、平行線維シナプス形成を強化する。次に平行線維シナプスにおいて、mGluR1の十分な活性化が起こることで劣勢な入力が刈込まれる。これに対し、数百からなる登上線維シナプスの同時発火による強い脱分極作用はP/Q型カルシウムチャネルを活性化し、これが「勝者」登上線維の強化と劣勢な入力の刈込みを駆動する。シナプス刈込み機構がそれぞれの入力系に装備され、どれか1つの分子でも欠損するとプルキンエ細胞のシナプス回路発達が障害される(ここでは、登上線維の単一支配と遠近方向に分離した支配テリトリーが発達しないこと)という事実は、この2つの経路は相互に競合しつつ協働していることを物語る。
この構図において、次に問題となるのは、平行線維側のmGluR1の活性化を引き起こすのも、登上線維側のP/Q型カルシウムチャネルの活性化を引き起こすのも、それぞれの終末から放出されるグルタミン酸であることである。高密度のシナプス環境において、大量のグルタミン酸があちこちのシナプスから放出され、シナプス外にスピルオーバー*1してクロストークが起これば、競合の入力選択性が損なわれることになる。例えるなら、静謐な環境であれば適切に聞き分けられる音や声が、ノイジーな環境では音源の位置から音圧の大小までも判別困難になってしまう。しかし、私達の聴覚系には、雑音の中でも自分が必要とする音声を選択し聞き取る処理能力が備わっていて、カクテルパーティー効果*2と呼ばれる。プルキンエ細胞にこのような入力選別機構があるなら、それはシナプス間隙に放出されたグルタミン酸を除去するグルタミン酸トランスポーター*3GLASTであろうと着眼した。
バーグマングリアは、プルキンエ細胞の成長から機能発現までずっと寄り添い、特別なニューロン・グリア相互作用を築いているアストロサイトである。生後早期、プルキンエ細胞の樹状突起はバーグマングリアの放射状突起に沿って伸展し枝分かれし、シナプスが形成されると忽ちグリアの薄片状突起でシナプスを包み込む(Yamada et al., 2000; Yamada & Watanabe, 2002)。その結果、プルキンエ細胞の細胞体、樹状突起、シナプスは完全にバーグマングリアの細胞突起により取り囲まれている。しかも、その細胞膜上にGLASTが高濃度に発現することから、平行線維シナプスや登上線維シナプスから放出されるグルタミン酸を速やかに除去する(図2)。取り込まれたグルタミン酸は、グルタミン合成酵素*4によりグルタミンに転換されるため、グリア細胞内のグルタミン酸濃度は低く保たれ、取り込み能は飽和せずに維持される。変換されたグルタミンには伝達作用もなく、細胞外に排出され再び神経終末に取り込まれてグルタミン酸に再変換される。このリサイクルシステムはグルタミン酸・グルタミンサイクル*5と呼ばれ、高頻度刺激の状態でも神経終末におけるグルタミン酸の枯渇を防ぐと同時に、シナプス間隙や細胞外空間のグルタミン酸濃度を低く保ち、シナプス伝達機能を維持し、過度なグルタミン酸による興奮毒性からニューロンを守っている。
シナプス回路発達におけるGLAST欠損マウスの表現型解析に、足掛け15年ほどかかった(Miyazaki et al., 2017)。その間、東京医科歯科大学(2024年10月から東京科学大学に改称)難治疾患研究所の田中光一教授にはずっとお世話になった。
GLAST欠損マウスにおけるプルキンエ細胞の回路表現型は、mGluR1欠損マウスやP/Q型カルシウムチャネル欠損マウスと共通で、シナプス刈込みに障害が起こっていた。つまり、「勝者」の登上線維の支配力が弱まり、劣勢な登上線維による多重支配が起こり、平行線維シナプスの刈込みも障害されていた。同様の表現型は、野生型マウスにグルタミン酸輸送体の阻害剤TBOAの投与により再現され、GLASTによるグルタミン酸除去機能がシナプス刈込みに必須であることを再確認できた。
一方、シナプス刈込み障害が現れる時期は異なっていた。mGluR1欠損マウスやP/Q型カルシウムチャネル欠損マウスでは、シナプス回路の発達期(生後3週間)から回路異常が発生したのに対して、GLAST欠損マウスにおける回路異常の多くは回路形成が完了した後に現れ、時間経過とともに増悪していった。この時間的表現型の違いや、GLASTがシナプス回路そのものではなくこれを取り囲むグリア細胞に発現している事実も考え合わせると、GLASTによる細胞外グルタミン酸除去機能は、mGluR1やP/Q型カルシウムチャネルによるシナプス刈込み機能を十分に発揮するための環境を用意している、つまり細胞内Ca2+濃度上昇機構によるシナプス刈込み機能を最適化していると解釈することができる。
マウスやラットなどのげっ歯類大脳皮質の体性感覚野に構築されるバレル(コラム6の用語解説6を参照)は、視床からの投射線維と皮質第4層の有棘星状細胞の間のシナプス刈込みより、生後早期に形成される。また、生後から4~5日以内の時期は体性感覚野の臨界期(コラム6の用語解説7)として知られ、この時期に外界から刺激を脳に伝える感覚神経に傷害を与えると、活動性の高いバレルは拡大し、劣勢なバレルは縮小する。この現象は臨界期可塑性と呼ばれ、「三つ子の魂百まで」や「小さい子には旅をさせろ」などの格言で知られる、幼少期の脳機能発達における環境・経験・教育・訓練などの重要性の神経学的基盤と考えられている。
我々は、バレルの発達過程において、大脳皮質のグリア細胞に高濃度に発現するグルタミン酸トランスポーターGLT1がこの臨界期可塑性を制御し、GLT1が欠損すると優勢なバレルは拡大せず、劣勢なバレルは縮小しなくなることを報告した(Takasaki et al., 2008)。一方、シナプス刈込みによるバレルの形成にはイオンチャネル型のNMDA型グルタミン酸受容体や代謝型のmGluR5が制御することが知られていたが(Li et al., 1993; Kutsuwada et al., 1996; Iwasato et al., 2000; Hannan et al., 2001)、GLT1欠損によるシナプス刈込みへの影響は見られなかった。
小脳と大脳では、グルタミン酸トランスポーターのシナプス刈込みへの関与は、一見すると異なっている。しかし、優勢な入力系を強化し、劣勢な入力系を弱化し除去するという、活動性の違いを効率的にシナプス刈込みに反映させるという点では共通している(図3)。繰り返しになるが、細胞外グルタミン酸濃度を低く保つという機能は、小脳では「勝者」の登上線維の支配を拡大し、相対的に劣勢な登上線維や近位樹状突起の平行線維シナプスを刈込む。大脳皮質の体性感覚野では優勢な視床・皮質投射系の投射域を拡大し劣勢な投射系を縮小させている。おそらく、活動依存的なシナプス刈込みにおける細胞外グルタミン酸濃度制御系の寄与度が大脳と小脳で異なっているものの、それぞれの領域で入力線維間の活動性の違いを回路表現型として最大化(最適化)して反映するためには、グルタミン酸トランスポーターの働きが不可欠なのだろうと考える。
後半5回に渡り紹介してきたコラムを総括すると、図1に示す2系統の入力選択的なシナプス刈込み機構を、GLASTによるグルタミン酸のスピルオーバーを防ぐバーグマングリアがすっぽりと囲んでいる構図が完成する(図4).
これにて、コラム「分子解剖学と形態生物学の道を歩んで」の校了としたい。
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